年の瀬のポッカリ空いた30日に事務所の整理をしていたらこういう写真が出てきました。いや〜、どれもこれもが懐かしいです。まず、この中で一番古いものが、公開イベントでの、ぼくとメタル・ゴッド伊藤政則先生のツーショットで、多分ラジオ絡みの(あの頃、70年代末から80年代半ば頃に)、ラジオ日本で互いに番組をやっていて、ぼくは後ろに座って少し顔が覗いているスヌーピーこと今泉恵子(当時)さんと月〜金のベルト番組「サウンドプロセッサー」をやり、伊藤ちゃんは酒井くん(MUSICLIFE-BURRNの編集)と「ロック・トゥデイ」をやっていました。今でもそのおかげでおつき合いさせてもらっていますよ。しかし、二人とも若いっすね〜。伊藤ちゃんのこのスタイル、時代は変わる、いや、ぼくも今ではこういうカッコしてませんけどね。逆にぼくが愛用していたロンドンのブランド「ジョンソンズ」の衣装は今や伊藤ちゃんが愛用してます。

 他のは西麻布にあったクラブ「P.PICASSO」でのショットが2点。いずれも当時、東京セックス・ピストルズで活動していたジョニオこと高橋盾くんが写っているものです。ヒカルくんに「すっげージョニー(ロットン)に似たヤツが後輩にいるんですよ」と言われて連れてきてもらったのが、付き合いの始まりで、実際、よく似ていました。あの頃から当然ですが、ファッションと自己主張には人一倍ウルサかったですね〜。ぼくがNED'S ATOMIC DUSTBINのTシャツを来てフックラしてきた頃の5人並んだ写真は、全員みんな今でも仲間ですが、左からジョニオ、TAGO!、片山、大貫そして松岡徹です。TAGO!と徹ことTETZはDJで知られてますよね。片山はSHJことショージと仲がよくてかなりな「ヤンチャ」小僧でしたが、今では立派なテレビマンです。中学中退ですよ!ココだけの話し。

 あとの1枚は岡山で「JUNGLEGYM」があった時に店の外で撮影したもので、すでにカンちゃん(高木完)は抜けていたのかな?とにかく、代わりにタツオ(今のSUNAGA T)がいました。彼はここにもいますが、ビリー北村くんの弟子筋で、当初は完璧にロカビリー人間でした。それは今「R」のボスでDJの牧野雅己くんも同じです。入り口はみんな「ロンナイ」でした。それは、左端のHFこと藤原ヒロシくんも同じで、彼が中学の夏休みだかに初めてツバキハウスの「ロンナイ」に来て、その後上京してデザイン学校に通いつつ「ロンナイ」通いをして、DJになったわけです。あの頃はみんな「ロンナイ」に来て知り合い、友だちを作り色々な経験を経て、今に至る、一言で言うとそういうことです、が、しかしBUT、道のりはそんなに単純で簡単ではなかったのは、一番近くで見てきたぼくがよく知っています。往年の女性ジャズ・シンガーのダイナ・ワシントンの名曲「縁は異なもの」(「What A Difference Day Makes」)ではないけれど、まさに人と人の縁はどこでどうなるか、それは不思議なものですね。少なくともそれは決してデジタルではなく実にアナログなものだとは断言出来ます。

 そんなことをふと思わせてくれた事務所整理の出来事でした。みんなも「PCを捨て、街に出ましょう」よ。SUGARBABEの歌のように「ダウンタウンへくり出そう」です!

大貫憲章 / KENSHO ONUKI 12/30 2006

ぼくとメタル・ゴッド伊藤政則先生



プレゼントをもらうジョニオ君。モテモテ!?

左からジョニオ、タゴ、カタヤマ、大貫でテツ。みんな若かったね。


左からヒロシとタツオ、ビリ−北村に大貫です。今考えると凄いメンツで営業いってましたんね。

こんな時代もあったね〜、ですね。20年くらい前のスタジオでのショット。いや〜、若かったわ。モテたしな〜。