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大貫憲章(以下O):僕とヒロシの関係っていうのは確かに長くて、もう20年以上になるのかな。仕事を絡めてってことになるともう少し短いんだけど。自分がずっとロンドンナイトっていうものをやってきて、いろんな若い人達に出会ってきたわけだけど、その中にはもちろんいろんな仕事をしてる人がいるから、会わなくなっちゃう人も長く付き合う人もいる。ヒロシの場合は幸か不幸か、こういう形で仕事も近い部分があるし、なおかつみんながよく知っている人物の一人でもあるわけです。そういう点でも、今回の企画が上がったときに誰に会いたいかなと考えたとき、一番最初に頭に浮かんだのが藤原ヒロシだったというわけなんだけど。最近ちょっと会ってなかったのもあるしね。素直に会いたいなという気持ちがあった。で、連絡をしたら時間さえ合えば、ということで今回こういうことになりました。 ワープマガジン:藤原さんがロンドンナイトに行ったのは? 藤原ヒロシ(以下H):もう20年前。 O:こっち来てすぐだよね。 H:そうですね、まだその頃はトミーズでもやってましたもんね。トミーズの後がツバキですか? 重なってた時期ありましたよね? O:うん、一瞬重なった。 H:そうですよね。その頃ですよ。 O:まだ人が少なかったころだ。トミーズでは1980年の1月からやって、ツバキが4月から。そのあいだ多少両方でやってた時期があるんだよね。その頃、高木完は直接トミーズに来てて知ってたんだけど、ヒロシはお客さんで来てたから最初は知らなかった。でもすぐに、1年も経たないうちにお客さんがいっぱい来てくれるようになって、特に文化の学生さん中心にたくさん来るようになってね。その頃非常に印象に残ってるのが、女のコ達がねなんか僕に「生意気な男のコがいるのよ」なんて、「大貫さん何とかしてよ、口の聞き方がよくない」なんてね(笑)。だから、誰?って聞いたら「ヒロシ!」っていうから、えーそうなんだって(笑)。それで当時ヒロシになんか「いけないよ」みたいなことを言った記憶がある。でもヒロシはそんなつもりは全然なくてね。“タメ口のヒロシ”とかって言われてたけど(笑)。僕が思うに、MILKの大川ひとみさんに非常にかわいがられたでしょ、その頃。同じように、大川さんの周りには大川さんに憧れる人が一杯いた。いるじゃないですか、ファッション業界には、そういう人。大川さんはツバキとも深い関わりがあるし、すごく影響力のある人だから。周りには大川さんを取り巻く女のコ達も一杯いたんで、ヒロシが大川さんと仲良くしてるのを見て、なんかいろいろ言ってたようなね。 H:僕は実感ないですけど。 O:あるわけないよね(笑)。 H:大貫さんは出会ってすぐに、家に呼んでくれたりしましたね。すごい嬉しかったですね。ツバキに行く前とかにどっかで会って、御飯食べて、それから一緒にツバキに行く、そういうの続いてましたよね。必ず一緒に御飯食べてましたよね。 O:そうだね。だってあの頃は今みたいに2時とか、DJやる直前に行くんじゃなくて、結構早い時間から行くから、行く前にも食事するし、終わった後にも飲みにいったりすることが恒例化してた。 H:大貫さんはその頃から全然変わらないですね。 O:体型は変わったよな。 H:何だかんだ言って、若い人を大切にしてくれるというか、ある意味立ててくれる人だなというのはすごく感じてました。いろんな人を紹介してくれるし。大貫さんが好きだったり興味があるもの以外で僕が興味あるものでもそれを理解してくれるっていうか。そういうことも踏まえて話してくれましたね。きっとそういう人がわりと少ないと思うんですよね。例えばロックだけというんじゃなくて、ヒロシがそれを好きなんだったら、それはどういうものなんだろうって興味を持ってくれる感じがあった。 O:会っているうちに、お姉さんがいてソウルが好きだっていう話しを聞いたりして。僕が驚いたのは、当時ツバキでファッションのコンテストみたいなのがあって、それでヒロシが優勝して商品としてロンドンに行って帰ってきた。普通、まあ行って帰ってくるのは当たり前なんだけど、多少かぶれたりもするんだけど、ヒロシの場合は本当に見聞を広めたっていうのが体と行動で見て取れた。ちょうど80年代のあの時代っていうのは、音楽もそれに携わるカルチャーも大きく変わってきたじゃないですか。そういうものをヒロシが持って来てくれて見せてくれた。ヒップホップにしても、ダンス系のものにしても、ヒロシから話しを聞くものと僕が雑誌なんかで見るものとで符合する部分がすごくあった。だから最初ヒップホップのDJやるって聞いたときは、まだ、日本でスクラッチなんて言葉はほとんど使われてないときにヒロシがそういったことを始めたよね。でも、そこに留まっているわけではなくて、そこからまた違うものをやったりするのを見てると、僕にとっても何かのきっかけになるんだよ。自分に対するモチベーションみたいなものを与えてくれるんだ。それは今でもヒロシに限らず、ロンドンナイトというものをどう考えているかという証明でもあるんだよね。ロンドンナイトはロックで踊るっていうのが最初の発想だったんだけど、ロックというのは何も8ビートのロックンロールということではなくて、僕が思うのはロック的なものというのはある意味曖昧でさ。よく外国の人が来て、ロンドンナイトなのに全然ロンドンの音楽じゃないなんて言われたんだけど、そいうことじゃなくてね。たまたまね。 H:そうですね、ネーミングは本当たまたまでしたね。今となって考えてみれば。 O:あれは店長さんが、何かイベント名付けなきゃいけないって言って「大貫さんロンドン好きなんでしょ? じゃあロンドンナイトでいいじゃない」みたいな。じゃあそちらがよければいいですけどみたいな感じで付いただけだから、もしかしたらアメリカナイトだったかもしれないし、ニューヨークナイトだったかもしれないし。ただ、関西とかにもいくつかロンドンナイトというのがあった時期があって、そのとき登録商標しようと思ったんだけど、受け付けてくれなかった。ロンドンは都市名で固有名詞であると、ナイトは夜で、それはそれで夜という形の商標はとられていた。綴りも違うし、意味も違うかもしれないが、同義的で紛らわしいという理由で登録商標とれなかったんだよね。まあ、単に他のものと区別するためにしようとしたことなんだけど、ある意味真似されるくらいならいいかっていう。もちろん、同じものはできないという自負はありますよ。僕も若い時期に編集やってたことがあったりして、いろんな人に会えるのが楽しかった。そのときに先輩からいろんな人を紹介されたし、いろんな話を聞かせてもらった。ただ、価値観としては絶対にああしろこうしろみたいなことは言われなかった。あのときはいろんな人の価値観が面白かったし、今でもそう思いたいと思ってる。だから、ヒロシに限らず、若い人にああしろこうしろみたいなことは言ってない。ただ、DJの場合はお客さんがいるわけだから、そのへんは少し考えなさいよとは言ってるけど。 H:あの頃は確かにロンドンナイトといえばロンドンナイトでした。ヨーロッパの音楽がかかってたし。 O:あの頃の流行りものがそうだったね。 H:それこそ、セックスピストルズのようなパンク的なものもかかるし、そんな所が他になかったから面白かった。少ししたら、パンクナイトみたいになっちゃいましたよね。 O:そうだね。パンクの人が一杯来るようになった。そういう時間帯が増えていったんだね。それとロカビリーもね。ストレートにロック的な音がね。やっぱり形から入りやすいというのもあったんじゃないかな。ボンテージとかも多かったし、ニューウェーブの頃はボーイ・ジョージみたいな人も多かったし、コスプレっぽい人も一杯いたよね。 H:いました。パンクも最初はその中の一つだったんじゃないですか。今みたいではなかったから。あの頃はお客さんが競ってオシャレをしてましたね、今よりも全然。ロンドンナイトならではの人間関係とかつきあいをこれからも大事にして欲しいですね。若い人も年上の人もみんな同じ視線で見てくれるというか。僕はそういうところを大貫さんから自然に教わったから。若いからといって、縦の関係だけじゃなくて、ちゃんと才能があるところを伸ばしてくれるっていうか、そこを認めてくれるような。 O:あの頃はみんなそうだったね。僕は何か目標があってロンドンナイトを始めたわけではなくて、いろんな面白い人に会って、そこから才?を受けてやってこれたというのが実感なんだ。十人十色というけど、その人のいいところを見れるような考え方が以前の仕事をしてるころに養われたのかな。同じような考え方の人ばかり集まるのはあんまり好きじゃない。 H:はい、そうですね。固まっちゃいますよね。そのときはそれで面白いんだけど、部活で終わっちゃうような……。やっぱり出会いがないとつまんないですね。 O:未知との遭遇というと大袈裟かもしれないけど、カルチャーショックがないとね。年齢に関係なくそういうものは大切だと思う。不思議なのは、ヒロシはいろんな友達がいるでしょ。アーティストからミュージシャンからたくさん。それは自分のほうからアプローチするの? だって、エリックなんて、どうして?って不思議でしょうがないんだよね。 H:なんか電話がありました。 O:だから、なんで藤原ヒロシに電話があるのよ(笑)。だって、大貫憲章は昔からクリームとか好きで原稿も書いてたのに。 H:(笑)。なんか、僕が作ったパンツをロンドンで買って、それを気に入ったみたいですよ。 O:洋服かいっ(笑)。でも、そいうのはすごく面白いよね。そしたら、なんでヒロシは洋服を作ろうと思ったの。 H:最初はステューシーが出て来た頃で、友達にTシャツでも作ろうよみたいにいわれて。それから、じゃあまあパンツも作ろうみたいな。それからですね。ぜんぜん仕事にしようとは思ってなかったですよ。 O:スケボーとかスノボーとかも人より早かったわけだけど、そいうのもただ面白そうだからやるって感じだよね。でも、そのためにわざわざ雪がないと雪のあるところまで行っちゃうのがすごいよ。 H:僕は好きなことにはトコトンいっちゃう感じですかね。それは昔っからですね。たぶん、好きなことに費やすエネルギーが大きいんじゃないですか。 O:それは俺も共通してる部分があるかな。とにかく音楽が好きだから、その枠の中かもしれないけど、愛したいという気持ちは常にあって、いろんな音楽に感心が持てるんだと思う。今日ここの場所選んだのも、感じがすごい大人っぽくて、ここで僕なりのロックを流してみたいなと思ったの。ヒロシと一緒にやりたいなと思った。ここは音を聞かせるというよりBGMだから、ここに合うものを自分なりにやってみたいなと思った。そういうことはやったことないんで。だいたい僕の場合は期待されるのがパンクが多いから。地方とか行っても、鋲ジャン来た人が一杯いるようなね。まあ、当然なんだけどさ(笑)。でも、本人的にはあまり当然じゃないのよ。本当はヒロシが思ってるロンドンナイトが俺の中でもロンドンナイトなの。だから、ディスコかかってもレゲエかかっても全然OKだし。 H:僕らは大貫さんのことを理解してるからあれですけど。 O:パブリックイメージがそうなっちゃてんだよね。レコード会社の人も原稿頼むのパンクだし。言ってるんだけど、パンクだけじゃないんですけどって(笑)。そういうイメージが先行してるのは、たまにジレンマというかね、嫌だなというのが正直あるんだけど。だから逆にね、最近はそうじゃない人と組みたい。だから、クサカベ&マーティン・キヌーと組んだり、BOY-KENから連絡あれば話し聞くし。リスナーに教育みたいなことをするつもりはないけど、音楽っていうのはいろんなフォームがあって、いろんな聞き方があっていいんじゃないかっていうのは提案としてある。ヒロシはそういうのある? そういえば一時期DJやらなくなったけど、あれはなんで? 10年くらい前だよね。 H:もういいかなって、思ったのかな。いわゆるクラブでかかってる音楽というか、新しく出てくる音楽が僕の中であんまり受け付けなかったんです。かといって、古いものばっかかけるのもちょっと違うと。最近はたまにやってますね。年に2〜3回ですかね。 O:イエローとかでやってるよね。マッドプロフェッサーとかね。最高の組み合わせじゃん。作るのはまた別だよね。いろいろあるけど、最近びっくりしたのがS-WORDのやつ。あれはなんで? H:S-WORDがヒップホップじゃなくて、メローなのをやりたいってことで。それならできるかなって思いました。初めてちょっと歌っぽいっていうか。 O:そうだね。歌ものっぽかった。豪太の新しいのも聞いたんだけど、あれは音としては前からあるけど、やっぱ豪太っぽいよね。 H:そうですね。 O:ヒロシも豪太も興味のあるものがあると、パァーっと走り出しちゃうよね。 H:そうですね。走りたいですね(笑)。なんかないかな……。 O:例えば豪太なんて日本よりも海外での評価の方が高かったり、あとKUDOクンとかね。そういう人達が出てくるっていうのがねいいよ。APEのサウンドを支えている人達とか、僕はある意味ヒロシをフィルターとして見ちゃうんだよ。藤原ヒロシがいろんなシードを蒔いて、インクルードしてね。別にヒロシがボスだとかっていうんじゃなくて、僕がヒロシを通して見てるだけであって。実際、ヒロシが仕切ってるわけでもないから。 H:そうですね。まったくないです。 O:誤解されちゃうからね(笑)。僕にとってはそういうのが面白いし、自分もがんばらなくちゃと思うわけ。やってる音楽のジャンルというのは問題ではないから。例えば、ノーマン・クックがああいうこと始めたときも面白いなと思ったし。ブレイクビーツ自体は前からあったけど、彼の場合はBPMとか無視するようにバンバンつないでるって感じがしたの。スカとかロック入れたり、ジャンルをとっぱらってね。彼はもともとロックバンドのメンバーの一人だったから、ああこういう感じなんだと思ってね。ファットボーイスリム名義のものも好きで、僕がそういうこというと、意外だなってなるんだけど。僕にとってはあれはロックだから。で、あるとき雑誌読んでたら、エガイツくんとか高木完ちゃんが「ノーマン・クックがやってることは大貫さんがツバキハウスの頃からやってることを、今の技術でやったことに非常に近い。だから、僕らは原点から見てるからあんまり驚かなかった」みたいなことを彼等は言ってたんだけど。サンプリングみたいなものは当時はなかたんだけど、その原形みたいなものは当時ツバキハウスで体験してるという。僕の場合はメチャクチャだから、歌謡曲のようなものもつなげる、というかかけるし。そういう曲のポテンシャルにあるエナジーをつないでいくっていうことに関しては、確かに同じことなのかもしれないって思う。それは音楽が好きだからできるわけでね。だから、ロンドンナイトっていうのはパンクだけじゃないよって言ってるのはそういうことなの。大事なのは形態じゃなくてパワー。それは癒すっていうか、ヒーリングとかって最近いわれてるけど、ヒロシの場合はメロー・マッドネスという形でずいぶん前からやってたよね。ヒロシが以前、ヒップホップじゃなくてレゲエを聞いてるとか言ってたりね、そういう感じで。何聞いてるかっていったら、ダンスホールとかじゃなくて、ラヴァーズだっていうから。 H:でも、僕がラヴァーズを初めて聞いたのはロンドンナイトですよ。だから、僕とかもそうですけど、大貫さんは人にきっかけを与えてるような感じですかね。ロンドンナイトに来てパンクを期待してくる人も、全然違う音楽を聞いて「あ、こういうのもいいな」と思えるようなきっかけっていうか。何かほかのものを好きになるきっかけみたいなものを作ってるんじゃないですかね。 O:ヒロシは模範的なロンドンナイトのお客さんですね(笑)。そういう人ばっかりだったらいいんだけどね。 H:(笑)。音楽もそうだし、さっき言った人との出会いもそうだし、きっかけですよね。でもあの頃、いろんな人がいたけど、携帯もないのにすごいですよね。「じゃあ、来週7時な」とか言って、それでみんな集まりましたよね、普通に。 O:そうだね。今みたいに情報もなにもないのにね。 H:行けばなにかがありましたからね。ロンドンナイトに行ったら友達がいるとか。 O:そのへんがあまり語られてなくて、すぐパンクだ、バイオレンスだという部分が大きく言われすぎてる。まったくそういう部分がないとは言わないけど、もっと音楽的な部分とか人との繋がりというところを、本当は知って欲しいよね。 H:で、身体の調子はどうなんですか? 一時期悪そうだったじゃないですか。 O:うん。最近はお陰様で元気ですよ。更年期も過ぎたようで。仕事がとにかく今は面白いなっていうのがあるからかな。そういえば、渋谷陽一にも言われた「最近元気そうだね」って。ヒロシも元気なんでしょ? H:元気ですよ。 O:麻雀は? H:この前やりましたけど、あんまりやってないですね。 O:じゃあ、今度やろうよ。 H:そうですね、昔みたいに長くはできないですけど。 O:俺ももう長くはやれないよ。 H:今度やりましょう。 O:ワープ麻雀カップみたいなのやってくれれば。パンクロック・ボーリングに負けないようなのやろう(笑)。 |